72 時間をさかのぼる旅 『失われた足跡』
二回前、イザベラ・アジェンデの『精霊たちの家』の話をした時に、まずガルシア=マルケスの『百年の孤独』を紹介して、そこでマジック・リアリズムという用語があると言ったね。
しつこいようだけど、もう一度あの話の続きをしたい。
文学はどこかで現実を超越しなければならない、とフランスのシュールレアリスムの連中は考えた。
現実という地平から離陸しなければならない。
彼らは離陸用のブースターとして驚異を使った。でも、彼らのブースターはあんまりパワーがなかった。
(「シュール」というのは、「何かの上にある」とか「何かを超えた」ということだ)。
それをもっと先へ推し進めたのがキューバの作家アレホ・カルペンティエルだ(余談だけど、この姓はたぶん「大工」という意味だ)。
『失われた足跡』というのが傑作。長くて、重くて、もったいぶっていて、博識で、すごくおもしろい。
語り手である主人公は音楽学者で作曲もする。だけど、作曲の方は長いスランプで新しい曲がぜんぜん書けない。
住んでいるのはどこか先進国の大都市。
妻は女優だが、主役として出た芝居が大ヒットして、ロングランになり、何年たっても終わらない。それに縛られてしまった。
作曲家はたまたま楽器などのコレクションを納めた博物館の館長から、楽器の初めともいうべき素朴な打楽器を探しに奥地に行ってくれないかと頼まれる。そこにいけばそれがあることは間違いないという。
行く気はなかったんだけど、愛人にそそのかされてなんとなく行くことになってしまう。
ムーシュという名の愛人は占星術をやって、芸術家なんかと交際の広い、新しぶった変な女。主人公はいやいや惰性で付き合っている。
で、二人は出発する。具体的な地名は本文には出てこないけれど、話が終わったところで作者が舞台のモデルはオリノコ河だと白状している。
今ならエンヤの「オリノコ・フロウ」で有名になったあの南米の大きな河だ。だから、旅の出発点はベネズエラの首都カラカスのはず。
旅の途中で不思議なことがいろいろ起こる。
大事なのは河をさかのぼるにつれて、彼らが人類史をも遡航して、次第に原始に近づくことだ。
主人公はすごく喜ぶけど、愛人のムーシュにとってはあんまり嬉しいことじゃない。
旅の途中で何人も道連れができる。
その一人にロサリオという若い女がいる。
これがふるまいも言うこともまっすぐで、飾りがなくて、感情が豊かで、すごく魅力がある。言ってみれば古代的な女。
主人公は強く惹きつけられるが、でも連れのムーシュがいる。
堕落した現代文明と清澄な古代が二人の女によって象徴される。
作者が一方をひいきしているのは明らかだ。だって「ムーシュ」ってフランス語でハエのことだもの。ひどい命名だよ。
訪ねる土地の不思議──「満月の夜など、犬たちは遠ぼえの大合唱でその力を誇示していたが、もはや人々はそれを不吉な予兆とはみなさず、それに伴う寝不足も、自分たちとは異なる宗教を信奉する親戚が、儀式をしているのだからしかたがない、とでもいう諦観に支えられてがまんしていた」という具合。
文体はすごく濃密だけど、話は波瀾に満ちて、通俗的な展開もあって、読み始めるとちょっと止まらない。忙しい時は手を出さない方がいいね。
池澤夏樹
初出:2009年4月9日 夕刊フジ
参考:
『百年の孤独』新潮社
ガブリエル・ガルシア=マルケス
翻訳:鼓 直
『失われた足跡』集英社文庫
アレホ・カルペンティエル
翻訳:牛島信明
[News from Cafe Impala] ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
□ 連載小説「氷山の南」、Café Impalaにて配信中。
池澤夏樹が現在、北海道新聞、東京新聞、中日新聞、西日本新聞、中国新聞にて
連載している作品を Cafe Impala にて再録することになりました。ほぼ毎日更新中です。
□『嵐の夜の読書』
池澤夏樹著
みすず書房刊
世紀を跨ぐ10年間の書評を集成――
丸谷才一・大江健三郎・梨木香歩などの作品鑑賞からアイヌの復権・琵琶湖の漁師・沖縄のサトウキビ刈りの話題まで、またチョムスキーやサイード、ル・クレジオへの接近、アウシュヴィッツやイラクへの視角など、本書はこの暗い時代を乗り越えるための絶好の手引きである。
□ 池澤夏樹=個人編集『世界文学全集』
河出書房新社刊
第24回配本『ブリキの太鼓』
ギュンター・グラス
翻訳:池内紀
第25回配本『短編コレクション』
コルタサル、他
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