063 冬の到来、エッフェル塔、敗者の歴史 その2
10月はずっと北海道にいた。
講演会やら朗読会など催しがいくつかあっての滞在。
僅か6歳で出てしまった土地であるし、今はもう行き来する親戚がいるわけでもないのだが、それでも北海道はぼくにとって最も郷里という言葉に近いところである。
そこで、自分の住む土地が異国化するという事態のことを考えた。
むしろ疎外と呼んだ方がいいか。
昔からずっと住んでいた土地に強力で敵対的な他者がやってきて、こちらを圧倒する。
自分たちは本来の生きかたを奪われ、資産を奪われ、不本意な暮らしを強いられ、殺される。
仲間たちがどんどん減ってゆく。
そのまま残って滅びるか、他の土地を求めて難民となって逃れるか。
そういう非常に辛い事態。
イラクも、アフガニスタンも、ルワンダも、ユーゴスラビアも、郷里が急激に異国化した。
こんなことを考えたきっかけは、3年前に刊行した『静かな大地』をテーマに札幌で講演をしたことだ。
以下はそのすぐ後に地元の新聞に書いた文章の一部。
この主題についてもう少し踏み込んだ論を立てる前提として引用する――
『静かな大地』はぼくの一族の物語である。
明治4年に淡路島から日高に入植したぼくの曾祖父とその兄の話。
彼らは牧場を開いて一定の成功を収めるのだが、やがて没落する。
幼い頃から何度も聞かされてきたドラマチックな興亡の話を歴史小説にしたいとずっと思ってきて、ようやく書き上げたのがこの作である。
その際にぼくは彼らとアイヌの関わりの部分を増強した。
登場人物の半分をアイヌの人々にした。
ぼくの先祖の事績を辿る物語を超えて、北海道の歴史を主題に据えたいと思ったからだ。
史実の奥にある真実を伝えたかった。
それがなぜ悲劇になってしまうのか?
この小説はもともとは新聞連載だったのだが、最終回の1、2か月前になると勘の良い読者の方から「どうか三郎さんたちの身によくないことが起こりませんよう、お願いいたします」という手紙が来た。
作者は困惑する。この話は「よくないこと」を経ずには終わりようがないのだ。
その理由の第一は史実である。
ぼくの曾祖父の兄、「三郎」のモデルである原條新次郎は35歳でこの小説のとおりの最期を迎えた。ここを改変するつもりはない。
だが、この話が悲劇に終わらざるを得ない理由はもっと深いところにある。それは北海道史におけるアイヌの立場だ。
明治期の話で、彼らを主役に立てた歴史小説をハッピー・エンディングで終えるのは欺瞞だとぼくは考えた。
個々には幸福な例もあったかもしれないが、全体として事態は彼らにとって非常に悪かった。
では、アイヌでないぼくにそれを書く資格はあるか?
それはあるし書くべきだと思ったが、その時はその理由づけがうまくできなかった。
なぜぼくが他人の悲劇、他民族の悲劇を書いてもいいのか、書くべきなのか、今になってようやくわかった(引用ここまで)。
ぼくが考えたのは、敗者の歴史を誰が書くかということである。
進歩史観という言葉がある。
歴史とはぜんたいとして良い方へ向かう歩みだという考えかた。
これが未来に向かって適用されるのなら問題はない。
それは楽観主義や希望の同義語であり、努力目標ともなるのだから。
過去について、昔よりは今の方がいいと言い切ることができるだろうか。
それが言えるのは勝者である。
現状を肯定し、自分が今その位置にいることの必然性を強調する。
ごく単純に、世界の幸福の総量が変わらないと仮定すれば、それを多く入手した者が勝者となる。
変わらないとすれば、というのは、ぼくが学生時代に理系の勉強をして、質量やエネルギーや運動量の保存則を今も信じているからだろう。
人類の叡智の総量が増えてきたはずがない。
勝者が書く歴史は進歩史観になる。
ダーウィンの進化論をねじまげて、生存競争で強い者が勝つのは自然の摂理だなどと言う連中もこの範疇に入る。
ここで勝者と敗者というのは、昨今の日本の格差論の延長ではない。
いや、それもあるし、そこで格差肯定の自由主義に水を差したい気持ちもあるけれど、ぼくが考えるのはラス・カサスが『インディアスの破壊についての簡潔な報告』(岩波文庫)で書いたような極端な事態である。
ラス・カサスは16世紀のスペインの僧で、母国と新大陸の間を何度となく行き来し、新大陸経営の実情をつぶさに見て、先住民たちがいかに非道な仕打ちをされて絶滅への道を追い立てられているかを母国で国王などに訴えた。
書名の「インディアス」とは新大陸のことである。
この本は彼が書いたというよりも、各地からの聖職者からの報告をまとめたという性格の強いもの。
彼の姿勢を示すために一部を引こう――「スペイン人たちは大きな町をいくつか発見したが、そこの住民は、非常に姿形よく思慮深く、しかも、礼儀正しく規律を守る人たちであった。いつものように、スペイン人たちは彼らに恐怖心を植えつけるために、大虐殺を行なった。彼らはまるで畜生を扱うようにインディオたちに重い荷物をかつがせて苦しめ、挙句のはて彼らを殺した」。
ずっとこのような告発調で、ある意味では紋切り型。
しかし、ラス・カサスが書かなかったら、インディオたちの歴史は残っただろうか?
そういう事態を想像してみる。
ある一族が他との抗争に敗れ、絶滅寸前まで追い詰められる。
残された人々のうちの一人が歴史家としての役割を自覚し、それまでの経緯を書き記す。
その間にも戦いを通じて仲間の数は減り続け、遂に彼一人が残される。
彼は書いたものを洞窟の奥に隠し、最後の戦いに出てゆく。
彼が記した一族の歴史は読まれることはないだろう。
勝者が見つけたらそれは破壊される。
だから隠すのだが、何百年か何千年か先にもしも幸運にそれが見つかったとしても、その文字その言語を読める者はもういない。
つまり、敗者は敗者であるが故に歴史が書けないのだ。
最後の一人という言葉で思い出すのは、アメリカ文学に名高いフェニモア・クーパーの『モヒカン族の最後』。
あれは日本語の語法に合わせて単純化されてあのタイトルになったけれども、原題はThe Last of the Mohicansである。
そのまま訳せば『モヒカン族最後の一人』。
主人公ホークアイことナッティ・バンポーが、チンガチグークとウンカスというモヒカン族の親子と共に、英国人の娘2人をその父親のいる砦に送り届けようとする物語。
妨害する勢力があって、戦いがあって、最後にウンカスと娘の一人は亡くなる。
チンガチグークは一族の最後の一人になってしまう。
昔読んだだけで細部はうろ覚えだが、たしかそういう話だった。
これは原理論であって、もちろん例外はいくらでもあるだろう。
だからこのような例を極端とすることもできる。
実際の話、アイヌの人々を巡る状況はぼくが書いた戦前の事態とはずいぶん変わった。
しかしそういう現実とは別に、どんな場合にも敗者の歴史は書かれるべきだし、それは書き得る立場の者が書くしかないという原則論を主張することはできる。
その資格を敗れた当人たちに限ってはいけない。
見当違いでも、事実誤認でも、無意味な同情に満ちたものでも、ともかくそれは書かれなければならない。
そうでなくては世の中で勝者の世界観ばかりがまかり通ることになる。
言うまでもないことだが、フランスにも勝者と敗者はいる。
日本よりずっと平等を大事にしているはずの社会でも格差は存在する。
生まれながらの敗者と呼ばれるから、郊外の若者は反発して車を燃やす。
理想と現実はどのように乖離してゆくか、敗者の立場を誰がどう書いているか。
関心はそこにある。
<冬の到来、エッフェル塔、敗者の歴史 おわり>
(池澤夏樹 執筆:2006‐11‐25)
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