049 厳寒体験、エネルギー問題、全世界が流謫の地 その3
偶然が知的好奇心を先導する。
先日、必要があってエドワード・サイードの『オリエンタリズム』を再読している時に、彼がアウエルバッハから非常に魅力的な一節を引用している部分に出会った。
アウエルバッハはこれを聖ヴィクトルのフーゴーから引用したということだ。
ここに平凡ライブラリー版からその部分を写してみれば――「故郷を甘美に思う者はまだ嘴の黄色い未熟者である。あらゆる場所を故郷と感じられる者は、すでにかなりの力をたくわえた者である。だが、全世界を異郷と思う者こそ、完璧な人間である」。
全世界を異郷と思う者。
なんと美しい章句ではないか。
異国の客としては惹かれるものがある。
しかも、気がついてみれば「聖ヴィクトルのフーゴー」というのは、去年からぼくが熱を上げているイヴァン・イリイチが『テクストのぶどう畑で』などで詳細に論じている「サン=ヴィクトル修道院のユー
グ」と同一人物であるらしい。
こちらの本の訳者はイリイチ自身が彼を「ユーグ」と呼んでいたのでこの表記にしたという。原綴ではHughだ。
聖ヴィクトルのフーゴーは12世紀の前半にパリの聖ヴィクトル修道院で活動したカトリックの思想家である。
主著は『ディダスカリコン』という勉学の勧めであって、先の引用もこの本から。
イリイチはフーゴーを論じながら、本を読むという行為の実践がこの時期を境にいかに大きく変わったかを詳細に論じている。
音読という身体的な行為が黙読という頭脳的なふるまいに替わり、構造のない長い一連のテクストはページによって分断され、章や節に分割され、目次と索引を付されて構造化された過程を明らかにしている。
その果てにわれわれは今見るような断片に分割されて総合性を失った世界像を持つに至ったし、インターネットはそれを極限まで進めようとしている。
ぼくはこれを『世界文学を読みほどく』の中で『白鯨』論として書いたことがある。
世界は全体像を失って細分化され、ひたすら百科事典的になっている。
あるいはケストラーにならって還元主義的になっていると言ってもいい。
そして考えてみれば、引用という行為もテクストのまとまりを勝手に分解して一部だけを切り出すことではないか。
しかもぼくはユーゴーの書いたことをアウエルバッハとサイードを経由して曾孫引きしている。
だからここだけ読んだのでは、なぜ全世界を異郷と思う者こそ完璧な人間なのかわからない。
ここには何か重要なものが欠けている。
サイードはアウエルバッハがクルティウスから受け継いだ「自己の属す文化や文学とは異なった異民族の文化・文学になかにわけ入って行こうとする人文主義的伝統」を語るためにこの部分を引いたけれども、今ぼくが知りたいのはそういう意図から解放されて本来の姿に戻ったユーゴーのテクストだ。
では、それを見よう。
こういう論拠で引用する以上、短く切り出すことは許されない。
『ディダスカリコン』の第3巻第19章をそっくり平凡社の『中世思想原典集成』から引く――
最後に異国の地が提起される。
それもまた人間を修練するものである。
全世界は哲学する者たちにとって流謫の地である。
というのは、他方である人が言うように、「いかなる甘美さで生まれ故郷がなべての人を引きつけるのか、そして自らを忘れ去ることを許さないのかを私は知らない」。
修練を積み重ねた精神が少しずつ、これら可視的なものや過ぎ去るものをまず取り換えることを学ぶこと、次いでそれらを捨て去ることができるようになることは徳性の大いなる始源である。
祖国が甘美であると思う人はいまだ繊弱な人にすぎない。
けれども、すべての地が祖国であると思う人はすでに力強い人である。がしかし、全世界が流謫の地であると思う人は完全な人である。
第一の人は世界に愛を固定したのであり、第二の人は世界に愛を分散させたのであり、第三の人は世界への愛を消し去ったのである。
私はといえば、幼少の頃より流謫の生を過ごしてきた。
そして、どれほどの悲痛をともなって、精神がときとしてみすぼらしい陋屋の狭苦しい投錨地を後にするものか、どれほどの自由をともなって、精神が後ほど大理石の炉辺や装飾を施した天井を蔑むものかを私は知っている。(引用ここまで)
先のサイードおよびアウエルバッハの引用では「祖国が甘美である……」以前がないし、「第一の人は……」から後がないから「全世界が流謫の地であると思う」ことの意義がわかりにくかった。
要するにユーゴーは現世を捨てて大いなる真理に向かえと言っているのだ。
世界は修練のためには煩悩だと言っているのだ。
だから全世界が流謫の地と見えるようになる。
彼は別の書ではもっとはっきり「全世界は、天国が祖国であるべきであった者たちにとっては流謫の地である」と言っている。
最後の部分はフーゴーの達成の表明でもある。
彼はザクセンで生まれ、そこの修道院で修行してから、マルセイユの聖ヴィクール修道院に移って勉学を重ね、やがてパリの聖ヴィクトル修道院を率いるまでになった。
だから幼い時に悲痛と共に「みすぼらしい陋屋の狭苦しい投錨地」を出て、最終的には豪奢な建物を蔑むことができるほど現世離れした自由な境地に至ることができた。
この第3巻第19章の中にはオヴィディウス、ヴェルギリウス、ホラティウスがそれぞれ引用してある。
故郷から離れたと言っても、フランス暮らしを楽しんでいるぼくは「世界に愛を分散させた」レベルに過ぎない。
かと言って、その先まで修行を進める意志などあるはずがない。
イリイチの『テクストのぶどう畑で』をぼくはゆっくり読んでいるし、これを機に『ディダスカリコン』もゆっくり読むだろう。
このふだん読み慣れない論理構造を持った、中世的なうねるような文体はなかなか好ましいのだ。
今度パリに行ったら聖ヴィクトル修道院の跡を訪ねてみようかと思うのだが、どうも場所が特定できない。
シテ島の左岸側というのだが、今のサント・シャペル修道院の前身が聖ヴィクトルだったのだろうか。
もう少し調べてみなければならないようだ。
<おわり>
(池澤夏樹 執筆:2006‐03‐25)
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