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利子や金、あるいは金融というと、ぼくが思い浮かべるのはアダム・スミスから始まる西洋の経済学、なかでもマックス・ウェーバーの「プロテスタンティズムと資本主義の倫理の精神」です。
現代社会にひずみが生まれているのは、先進国と呼ばれる国に住む人々のメンタリティーがキリスト教の精神に影響され、ときには過度に毒されていて、しかもそのことに僕ら自身が自覚的でないことから生まれているような気が、ぼくは、しています。
また、自分自身の価値観が全てではなく、他人の価値観も尊重していくような、分け隔てないおおらかな心構えが、僕ら自身には欠けているような気がします。
ぼくは、世界の今のあり方に漠然とした疑問、反感は抱いていますが、具体的に何をどう変えていくのが良いのかといったことには、わざと関心を持たないようにしています。「世界」とか、「日本」とか大きすぎる枠組みには気をとめず、ニヒリズムあるいはアナーキーな立場に立って、まずは、自分の身の回りの友人や親兄弟に対して自分の考え方を、自分の生き方を通して「見せつける」ことから始めたいと思っています。
水に石を落とすと波紋が周りに拡がっていくように、自分の生き方が、いつか「日本」や「世界」に影響を与えることは希望としてはありますが、それについてはもはや僕の問題ではなく、受け手の「社会」の側の問題なのだと思います。
世界についてどうこうと論じるよりも、自分自身が面白いと思えるような、「善い」生き方を、自分でしていくことが、なにより大切なことだと思うのです。
保科輝之
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