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わたしの父は半官半民の金融機関に勤めていました。仕事の話を家ですることはなかったけれど、結婚前まで同じ所に勤めていた母に時々質問しました。
自分が仕事に就く時期になって、絶対金融業は嫌だと思いました。あっちのものをこっちにやったり、こっちのものをあっちにやったりしているだけで、何も産み出さない。それでご飯を食べるのは嫌でした。説明を端折ってますが、何かを産むというのは別に製造業だけをさして言っているのではないです。サービス業でも広い意味では何かを産んでる方が圧倒的に多いと思っています。
なので今回読んでて「そうか。キーワードは利子か」なんて思ってしまいました。
〈もっと深い根源的な問題があるはずです。
今、それが利子ではないかと考えています。〉
この文をわたしは、利子というのは根源的な問題を象徴するものである、という意味に取りました。たぶん問題そのものはその前に書かれているように、成長神話なのでしょう。それは経済だけではないかもしれません。
実は利子はどこかから泥棒した結果だったりします。経済成長がマイノリティの生活環境の破壊や略奪行為の上に成り立っている場合もあります。
わたしたちはモノが増えることや大きくなることや伸びることを「いいこと」だと信じ込んでいる。集団催眠術にかかっているのかもしれません。
プラス思考、豊かさ、向上、成長…といった言葉は誉め言葉なのですね。
これは根の深い病で、抜け出すのは大変かもしれません。
雑誌や新聞やインターネットやテレビやラジオを使って、個別に会って話ができる人数をはるかに超えた数の人たちに対して発信できるのは、「いいこと」なのか?(と言いつつやっていますが)交通機関が発達して、一生の間に会える人の数は飛躍的に伸びた。それは「いいこと」なのか?
体の不調を整えるために、健康食品を摂る。痩せるためにダイエット薬を飲む。何かを止めるのではなく、何かを摂ることで問題を解決しようとしたがります。そのほうが簡単でラクだからでしょう。
有機野菜は、化学肥料を使わ「ない」ことがその所以なので、変化の兆しであると言えるかもしれません。でもここでも無農薬と言わずに有機という、いかにも何か「ある」ようなイメージを使いたいみたいです。別に有機肥料を使用することが有機と名乗る資格条件ではないと思うのですが。
この先がまだ書けません。
とりとめない文です。時間をかけてまとめるより、即反応したくて書きました。
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