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池澤さんのおっしゃるとおり、利子は根源的な問題だと思います。とりわけ、複利(利子が利子を生む、言い換えれば利子が元本に繰り入れられるシステム)は限界に直面するに違いありません。
かつて、歴史・哲学に詳しい友人に、以前から好奇心を覚えているのだけれど利子の起源はなんだろうか、と問うたら、彼の答えは「多分、穀物の種が栽培の結果増殖する現象が利子のモデルだろう」というものでした。
仮にこれが正しいなら、種の増殖を利子の発想に結びつけた頃の人類は、生産力が限られていたために、利子の概念が無限の成長という現実には不可能な概念につながることを認識できなかったに違いありません。
一定の条件下の生物個体数の増加を表すモデルの一つに、ロジスティック曲線というものがあります。ある大きさの箱の中で、一定のえさや水を与えながらマウスを増殖させる実験をイメージしてください。すると、個体数は最初は指数関数的に(つまりネズミ算式に)増えるが、次第に直線的な増え方にペースが落ち、更には個体数を示す曲線が寝てきて、最後にはほとんど増加が見られなくなる、というものです。
個体数変動のモデルはこれだけではないでしょうが、穀物の収量もまた本質的にこのパターンに従うと仮定して、このモデルを利子の起源に関する先の仮説に結びつけると、人類の生産活動の規模が小さい間は複利が成り立ちうるが、その後は単利(利子は発生するが利子は利子を生まない)のほうが妥当となり、最後は時間とともに利子が減少するシステム、さらには利子が存在しないシステムがふさわしいことになります。
もし、個体数が減少するアナロジーが適用できる環境に人類が置かれれば、それこそ負の利子が存在してもおかしくない。
以上は私が以前思いついた粗雑な議論に過ぎませんが、現代の人類にとって根源的な重要性をもつ視点に違いないと直観しました。しかし、私自身この問題を追究する準備が出来ていなかったので、経済学者はこういうことを研究すべきだよねと、友人と雑談しただけでした。
そんなわけで、今回の池澤さんのエッセイを読んで、僭越ながら我が意を得たりと感じた次第です。今後の連載に期待しております!
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