緊急特集−利子について 
2002年06月11日

根源的疑問について


 私は、アメリカのカリフォルニア州で、Financial Analystという仕事をしています。
 以前、池澤さんのコラムに付いて、いわれのない反米感情に基づいている、と批判的なメールを送りました。
 
 日本にいたころ、いわゆる「60年安保」を左翼学生として体験し、それ以来、1982年にアメリカで暮らすようになってもからも、政治・思想的には、反米でした。今でも、日本の国政選挙では共産党候補に投票しています。

 仕事を通じて、利子とか利回りということについて、毎日のように研究し、また、クライアントと対話をします。法的には、アメリカでも利回りについて「保証すること」は厳に禁じられています。表現できるのは過去の数字のみです。それでもクライアントは投資したものが永遠に増えつづけることを期待しているし、私たちもその意に添うべく解説しています。
 
 しかし、池澤さんが抱いておられる「根源的な疑問」は常に心の底にあります。言ってみれば、お互いがそれに触れるのを恐れながら、しかし、それを正面から見つめると、ビジネスが根本から否定されるという恐怖感のほうが強く、表面化しない、という微妙なバランスの上に生きています。

 特に私がこのことにこだわり始めたのは、3年近く前に洗礼を受けクリスチャンになってからです。
 池澤さんの言われるとおりこの世には無限とか、絶対的なものがない、ということが信仰を通じて確信されるようになったからかもしれません。

 それでも、この世に生きている限り、常にこの問題と向き合っていかなければならないことも事実ですし、人間がそれを解決することは不可能だと思っています。今、世界はそのはけ口として、憎むべき敵を作り出し、憎悪をぶつけ合って生きているのではないでしょうか。

 限られた日本からのニュースを見ていても、何か事件が起こるたびに、国民が、そして、ニュース・キャスターまでが、「許せない」ということばを連発しています。神の目から見て、これほど傲慢なことばはないと思います。不完全な、罪だらけの人間が、お互いに裁き合っている姿は、地獄そのものです。

 そのようなことを考えながら、池澤さんのメルマガを読んでいると、私が昔否定していたキリスト教信仰と、日本の進歩的思想(現実批判的・反体制的な)とが類似していることに気づかされています。もと、コミュニストがクリスチャンになるのも至極自然なことなのかもしれません。

 太平洋の対岸から、複雑な思いで母国を見つめている名もない男からの感想でした。


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