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日本の停滞、日本の迷い、について再び考えます。
イラク攻撃に関して、今の日本は分裂しています。国民の大半は戦争に反対。しかし政府はブッシュ政権によるイラク攻撃を支持する姿勢を変えません。
更に川口外相は、アメリカ支持をためらっているメキシコなどの安保理非常任理事国を説得すると言っています。これは単にアメリカ支持を表明することを超えるもの、大量殺人への荷担を教唆煽動する行為です。
『イラクの小さな橋を渡って』の視点に立てばそういうことになります。
これまでは武力行使を支持するか否かについて国内では「まだ言えない、言わないのが国益」と後出しジャンケン主義でいたのに、他の国に賛成しなさいと言ってまわるのは矛盾でしょう。
小泉政権はもちろん武力行使に賛成、大賛成と言いたい。しかし国民の8割は戦争に反対。その国民を説得する論理はない。だから国内ではまだ決めないと言いながら外ではあからさまに支持を表明する。
大きなメディアも分裂しています。新聞は正面にはブッシュ=小泉政権寄りの官製報道を掲げながら、コラムや署名記事では反戦の思いを語っています。
それに対して、ヨーロッパ諸国は政府もメディアもそれぞれの戦略に立った上で、はっきりと意思表示をしています。
ドイツのフィッシャー外相は「ドイツの国民は圧倒的に戦争に反対である。戦争回避の道が残されている以上、私は国民を戦争に向けて説得することはできない」と言いました。これが民主主義というものでしょう。
フランスのドビルパン外相は14日の安保理で「戦争と占領と蛮行を体験した古い国」の代表として「我々の責任と名誉にかけて、平和的な武装解除を優先すべきだ」と述べました。会場にいた各国の外交官が(通常は禁止されているにもかかわらず)一斉に拍手したそうです。
それに対して、日本政府のふるまいはアメリカ追従というに尽きます。
政府はアメリカの対イラク政策をそのまま追認するだけでなく、米軍の指揮下に入って戦争を遂行することを前提に軍艦を派遣しました。
去年の12月に海上自衛隊のイージス艦「きりしま」がほとんど何の議論もないうちにインド洋に向かいました。あれが分かれ目だったという気がします。
イージス艦は、名前が奇妙だからわかりにくいけれど、輸送ではなく戦闘に従事する艦です。事実上政府はアフガニスタンの時からまた一歩大きく踏み出したわけです。
日本のこの方針転換は決して国ぜんたいの熟慮の結果ではありません。政府からは何の説明もなく、従って議論も一切なかった。メディアはほとんど報道しなかった。
政府首脳には自分たちがどういう道を選んだか、わかっていないのかもしれない。
そう考えないと、今の首相や外相の発する言葉の矛盾は説明できません。
具体的に説明しましょう。
第二次大戦後の世界で、平和への貢献に関して日本が誇れることはいくつかありました。まず、日本は少なくとも武器の輸出という商売はしなかった。いくつかの違反事例はあるようですが、原則としてこれは守られてきました。アメリカはじめ先進国のほとんどが武器を売って稼いでいる時に、それだけはしなかった。
また、アメリカの核の傘の下に入っていたとはいえ、自分では核兵器は持たなかった。その技術も材料も手元にあったけれど、しかし製造はしなかった。
もう一つ、ある意味では最も重要なのは、日本の軍人が任務として人を殺したことが一度もなかったということです。
実際問題として日本は「国際紛争を解決する手段としての武力の行使」はしないできた。
これらは明かに日本が主体的に決めて守ってきた方針でした。
しかし、アフガニスタンを攻撃するアメリカ軍に給油するために派遣された自衛艦は、結果においてアフガニスタンの人々を殺すのに手を貸しました。
あの作戦行動のどこが「自衛」なのか。仮に憲法解釈によって自衛のための戦闘を認めるとしても、武力によるタリバン排除がなぜ自衛になるのか。
今回のアメリカ主導のイラク侵攻もまた日本の自衛とはまったく無関係な行動です。いわゆる集団的自衛権の範囲をも大きく踏み越えるものです。今、イラクはアメリカを攻撃しようとしているわけではないし、かつて攻撃したこともない。日本にとっても、いかなる意味でも脅威ではないばかりか、むしろ敵を増やすことになる。
ヨーロッパの国々はしばらく前から世界のバランスを取ろうとしてきました。冷戦のあとでアメリカ一国が強者になるのは好ましくない。だからかつてあれほど仲が悪かったフランスとドイツが手を握り、この二か国を核としてEUを構築した。ユーロという新しい通貨を立ててドルに対抗しようとした。
この試みは成功しました。それ以上に、この試みが必要な措置であったことが今回のような横暴なアメリカの出現で証明された。いらだつアメリカのふるまいが却ってヨーロッパの結束を促すことになる。
このような先を読んだ世界観と主体性を日本は持てませんでした。だから川口外相のような世にも軽い、ぺらぺらな発言が出てくる。
ぼくが日本の停滞、日本の迷いと言うのはこのようなことです。
先日、アメリカの軍事関係者が、きたるべきイラク攻撃の展開を解説した時に、「ヒロシマ効果」という言葉を使いました。
開戦の初日に300発から400発のミサイルをイラクに撃ち込む。翌日も同じ数のミサイルを投入する。この集中的な大量破壊によってイラク側の戦意喪失を図る。
これを「ヒロシマ効果」と呼んだのです。
日本としてこれは聞き流せることではないはずです。アメリカの軍人は今もヒロシマを成功した戦略と見なしている。10万人の死者のことも、あとあとまで残った放射能障害のことも、まるで念頭にない。
日本にすれば、ここで抗議しなくて何のための50年に亘る平和主義と反核だったのか。非核三原則は何だったのか。
もしもヨーロッパの例に倣うとすれば、日本にとって大事なのは遠いアメリカとの関係ではなく、近い中国や朝鮮半島の二国との仲です。
この1年、日本は逆のコースをたどりました。近隣諸国を敵視する姿勢ばかりを前に出した。
日本人のすべてがこの方針に賛成しているわけではない。人々は迷い、議論は乱れていますが、それ自体は悪いことではないでしょう。今はむしろ議論をまとめようとする動きに警戒した方がいいかもしれません。
次回は、また少し後になるかもしれませんが、恐怖による誘導という政治原理のことを考えてみたいと思います。
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